田辺聖子

 光源氏、光源氏と、世上の人々はことごとしいあだ名をつけ、浮わついた色ごのみの公達、ともてはやすのを、当の源氏自身はあじけないことに思っている。  彼は真実のところ、まめやかでまじめな心持の青年である。  世間ふつうの好色物のように、あちらこちらでありふれた色恋沙汰に日をつぶすようなことはしない。  帝の御子という身分がらや、中将という官位、それに、左大臣家の思惑もあるし、軽率な浮かれごとはつつしんでもいた。左大臣は、源氏の北の方、葵の上の父である。源氏は人の口の端にあからさまに取り沙汰されることを用心していた。この青年は怜悧で、心ざまが深かった。  それなのに、世間で、いかにも風流男のようにいい做すのは、人々の(ことに女の)あこがれや夢のせいであろう。  彼の美貌や、その詩的な生いたち──帝と亡き桐壺の更衣との悲恋によって生まれ、物心もつかぬまに、母に死に別れたという薄幸な運命が、人々の心をそそるためらしかった。